無機体では白金だし有機体では豚なのだ。
考えれば考える位、これは変になることだ。

−宮沢賢治−


要約

<注意>

・こちらは、あくまで参考です。物語を本当に理解するためには、本屋さんや図書館でご確認下さい。
・この物語は、殺生の「業」や、社会の無常・不条理を描いた作品です。メルヘンではありません。
・「白金豚」は「白金」のフレーズからくるイメージを参考にしており、物語の内容とは関係ありません。


 フランドン農学校の豚は、飼育される立場ながら、生徒に「白金と同じ」などと賞賛されたり、それなりに幸福にくらしていました。 ところがいつからか「肥育」、そして「と畜」をにおわす会話を聞き、 豚は底知れぬ不安を覚えます。豚はいつか人間たちに食べられる運命など 知らないながらも、時々そら寒い視線に気づくのです。

 ある月にその国の王の発令によって 「家畜撲殺同意調印法」が施行されます。 殺される家畜は自身で「死亡承諾書」にサインを押さねばならない 決まりになり、牛や馬が泣く泣く調印していきます。

 いよいよフランドン農学校の校長先生が豚のところにやってきました。 一度目は何事もありませんでしたが、豚は日に日に周囲への不信感を つのらせていきます。そしてついに校長先生から「死亡承諾書」を 読まされると豚は、校長先生に激しく抵抗します。 その日から豚の悲しく重苦しい日々が始まりますが、周囲の 人間たちはそんな豚の気持ちに関係無く、着々と準備をすすめていきます。 最終的に豚は無理やりに調印させられ、泣く泣く殺されます。 人間の業、立場の違いの妙、農学校の生徒達は、豚の気持ちに関係なく いきいきと豚の解体をしていきます。


 みなさまどのように感じられたでしょうか。 意外にハードな内容で、初めて読んだとき、 わたしは困惑したものです。 しかし読み返してみて、その社会観に 冷静で深いものを感じました。
  単純に殺生を批判しているのではなく、人間の業への深い洞察があります。「家畜撲殺同意調印法」などというのは、業から目をそむける近代のセンチメンタルな感情への風刺ともとれます。かの豚はどんな存在を 比喩したものなのでしょうか?
  宮沢賢治の童話は、実に生死感や 社会風刺の盛り込まれた作品が多いです。 よく信仰が厚かったといわれていますが、反面で本作などからはリアリストな農学者としての視点も感じます。興味をもたれた方は、 ぜひ本当の作品をきちんと読んでみてください。

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